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2014年6月29日 (日)

2014年の038「渇き。」

 中島哲也が「進撃の巨人」の監督を降板して、この作品を作ったということもあって観に行った。

 劇薬エンターテーメントというキャッチコピーが有るけどそれはそれほど的を射てないように思った。ただ面白い。後味ももの凄く悪いのだが、面白かった。
 境遇がとかそういうのもあるのかも知れないけど、この世にはルールとかマナーとかが通じない人がいる。元々は解らないが人間は過度のストレスを抱えて生きていくのは大変だから、ルールを作って、それが社会として機能して一定に守られる事で、他に注力できる生き方を選んできた。バラバラに住んでいた人たちがルールは異なれどそういう生き方をしてきたのは理由があるのだろう。

 でも、この約束事が通じない人はこの世にいる。いくらかの割合で必ずいる。自然そのものの自由な"人"だ。
 たとえば赤ん坊がそうなのだが、言い方が悪いけど、大人が懐柔していくことで同じルールの住人になる。異国の人とも文化交流があればそれなりに共通のルールが築ける。
 しかし、原因は分からないが、そういう約束事とかルールが通じない"人"が一定量いる。根絶は難しいし、こんな人は本来は台風などの災害のように触らぬ神にたたり無し的な扱いにするのが良いのだが、恐ろしいほどに吸引力のある魅力を兼ね備えていた今作の彼女にはそれすらも出来ない。今作はそんな"人"に振り回される人たちの話だ。
 最後まで観て、その怪物が後付けで無かったことで救いが感じられず、意味が分からなくなる人もいるんじゃないだろうか?壊れていった人や劇中であったように悪を悪として動く人たちは、まだ、ルールの中にいる。

 彼女はそうじゃない。そしてそこがまた狂おしく愛おしく羨ましいのだ。

 こういう題材は取り扱いとしてはマイナーな作品ではあったのかも知れないし、海外作品ではメジャー作品でもあったのだけど、日本でこんな映画がメジャー路線で公開されて大ヒット(初日の動員は良かったらしい週明けの結果が楽しみ)というのはとても興味深い現象だ。

 彼女以外も相当にイカレた連中ばかりなのだが、まだルールの中にいる人なのだ。観客は彼女に対するそれぞれに自分を反映していくことで、自分がルールの中にいることを確認するような映画なのかも知れない。

 みんな好感度下げるようなこの仕事よく受けたなぁ。しかし、この映画はキャスティングも最高で、それ以外の人を考えられないほど良かった。

「渇き。」公式サイト
URI= http://kawaki.gaga.ne.jp/

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