納豆効用ねつ造騒ぎで思ったこと
「あるある大辞典2」のねつ造事件は盛り上がっている。
あんまり見ないんだけど、たまたまこの回は見ていた。見るからに「そんな馬鹿な」と思っていたが、翌日はスーパーから納豆が消えていて(オレの朝ご飯をどうするんだってな感じ)驚いた。
オタキングの岡田氏もブログでこの件を書いていた。
岡田斗志夫のプチクリ日記 納豆が消えた夜
URL= http://putikuri.way-nifty.com/blog/2007/01/post_10fb.html
たしかにウソだと思っていてもやってしまうところに納豆ならではのポイントもあったと思うんだが・・・イヤ今現在もこの件はスルーしても全然かまわないのだが、下記リンクの記事を見てちょっと書いておかなきゃと思ったのだ。リンク先が消えると行けないので記事を一部引用する。
MainichiInteractiveの記事「クローズアップ2007:「納豆ダイエット」ねつ造 真実よりも視聴率」から引用
URL= http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/closeup/archive/news/2007/01/20070121ddn003040022000c.html
◇受け手にも問題--黒田勇・関西大教授(メディア文化論)の話
テレビの送り手と受け手の双方に問題があると思う。バラエティーとニュース、ワイドショーが融合し、事実をエンターテインメントとして加工してもいいんだという意識が出てきているのではないか。生活情報番組をうのみにし、健康が買えると思う受け手に付け込んで番組が作られる。共犯関係にある。
ブログをざっと閲覧していても、こういうヤな感じが一連の流れの中で起き始めている。ねつ造糾弾フェーズが浸透していく、加熱しすぎという中で揺り戻しのように「視聴者も悪い」と言い出す人がいるのだ。コレは別にこの話に限ったことではなくてイジメとかもそう。「いじめられる方も悪い」なんてのは散々書かれてるような気がする。
同一の比較対照で有るが故に陥りやすいことなのだが、視聴者の悪い部分と放送側の悪い部分は同列で語れない項目なのに一緒くたにしてしまう。それを大学教授などがしたり顔で言ったりすると”専門が何であれ”権威が付き箔が付き一人歩きしてしまうのだ。
もし今の議論を混乱させてうやむやにするならずる賢い手段と言わざる得ないだろう。
以前、「『テレビの嘘を見破る』を見破ろう」という記事を書いたが、このときと同じような感覚で今もテレビが作られているならばこういう事は頻繁に起きるはずで、無くなりはしない。テレビは全てウソであるとでもしなくては、見る側は防衛できないのだ。
過剰な情報量により、実際は選別しにくい情報になって、現在、必要なメディアリテラシは高度化しているにもかかわらず、その仕組みを提案せずに個々人に責任を転嫁するやり方は本当に腹立たしい。
テレビなんかは知ってる人は知っているだろうが、「視聴者の御意見を募って・・・」、なんてのは建前も良いところで、やってきたメールや手紙はアルバイトクラスがある基準で先ず選別してしまうので、強烈に耳に痛いことは先ずデータとして残らないようになっている。
今回のことで、ジャーナリズムの信用はがた落ちだって言う人もいるけどとうに地に落ちてやしないかと思っている自分にはイマサラな気がしているが、他のメディアからの糾弾もいずれ傷のなめあい状態になって収束して行くに違いない。
物を購入したりサービスを教授したりする時に、そのセールストークやその中身の表示にまで細かく気を配らなければいけない時代、すなわち視聴者や消費者は多大な負荷を負担して、物やサービスを売りつけられる時代になってしまった。専門性が高くなれば成るほど、ドンドン難しくなる。
常に他人を疑って掛かる時代。辛い時代になったものだ。
※推敲中の記事でアップしてしまったので再度アップロード。
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